コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「楽しそうだな」彼は言った。「私もその瓶から一杯いただけるかな、ホームズ。さて、お互いにおめでとうと言えそうだな。共犯の一人を生きたまま逮捕できなかったのは残念だが、どうしようもなかった。そうだ、ホームズ、君の計画はかなり綿密だったな。警察に残っているのは船を徹底的に捜査する事だけだ」

「終わりよければ全てよしか」ホームズは言った。「しかしオーロラ号があれほど速いとは全く知らなかった」

「スミスは、あれは河で最速の一隻だから、もしエンジンに助手がもう一人いたら、絶対に追いつけかれなかったと豪語してるな。スミスはノーウッドの事件のことは何も知らないと言い張っている」

「奴は知らんよ」ジョナサン・スモールが叫んだ。「何一つな。俺は快速艇だと聞いたんで奴の船を選んだ。俺たちは何も話さない換わりに、金を積んだ。もしグリーブゼンドからブラジルに行く、エスメラルダという船まで到着すれば、礼はたんまりする予定だった」

「もし何も悪事をしていないなら、罪に問われることはない。警察は非常に素早く犯人を捕まえるからといって、性急に有罪だと決め付けるわけではない」私は、もったいぶったジョーンズの態度から、彼が逮捕者に対して早くも強気な態度に出だしたのに気づいて、おかしかった。シャーロックホームズの顔にかすかな笑いが浮かんだので、彼もこの演説を聞き逃していなかったと分かった。

「まもなくボクソール橋に着く」ジョーンズは言った。「そしてワトソン先生、あなたと財宝の箱をそこで降ろします。言うまでもありませんが、これは私にとって非常に重い責任を抱えることになります。本来なら規則違反になりますが、もちろん約束は約束です。しかし、非常に価値の高い物を預ける事になるので、責任上、警官を一人同行させなければなりません。もちろん、馬車で行きますよね?」

「ええ、そうします」

「鍵があれば、最初に目録を作れたんですが、残念です。壊して開けないといけませんね。おい、鍵はどこだ?」

「川底だ」スモールはそっけなく言った。

「フン!こんな無意味な面倒をかけさせてどうする。お前にはすでに十分面倒な思いをさせられている。しかし、先生、言うまでもありませんが十分注意してください。その箱はベーカー街の部屋まで持ってきてください。部屋か警察署に行く道で再会できるでしょう」

私と重い鉄箱は、実直で親切そうな警部と一緒にボクソールで降ろされた。馬車で15分行くと、セシル・フォレスター夫人の家に着いた。使用人はこんな遅い時刻の訪問者に驚いた様子だった。セシル・フォレスター夫人は外出中で、非常に遅くなりそうだと説明された。しかしモースタン嬢は、応接室にいた。私は親切な警部を馬車に残し、箱を手にして応接室に向かった。

彼女は襟元と腰にすこし赤い色合いがある白い半透明の素材の服を着て、開けた窓の側に座っていた。籐椅子に深くもたれかかった彼女は、笠に遮られた柔らかい光のランプに照らされて、不安そうな顔には光がゆらめき、豊かな髪の華やかな巻き毛は鈍い金属的な輝きを放っていた。白い片手が椅子の横に垂れていた。そして全体の姿勢と表情は、憂鬱な思いに捕らわれているように見えた。しかし、私の足音を聞いて彼女はさっと立ち上がった。青ざめた頬が、驚きと喜びにぱっと赤らんだ。

「馬車が来る音は聞こえました」彼女は言った。「フォレスター夫人が非常に早く帰ってきたと思って、あなたの馬車だとは夢にも思いませんでした。何かニュースがありました?」

「ニュースより、もっと素晴らしい物を持ってきました」私はテーブルに箱を置くと、実際は重苦しい気持ちだったが、勤めて楽しく賑やかに言った。「世界中のニュースになりそうな物を運んできました。あなたに幸運を運んできました」

彼女は鉄の箱をちらっと見た。

「ではそれが財宝なんですね?」彼女は冷ややかに尋ねた。

「そうです。これが偉大なアグラの財宝です。半分があなたのもので、もう半分がサディアス・ショルトのものです。あなた方はそれぞれ20万ポンドを手にします。考えてみて下さい。年に1万ポンド使えます。イギリスでこれ以上裕福な若い女性はほとんどいないでしょう。素晴らしいとは思いませんか?」

私は喜びを大げさに演じていたに違いない。そして彼女も私の祝福の言葉に虚ろな響きがあるのに気づいていたと思う。彼女は眉を少し上げて、不思議そうにこちらを見たからだ。

「もし私がそれを手にいれたのなら」彼女は言った。「あなたのおかげです」

「いいえ、いいえ」私は答えた。「私ではなく友人のシャーロックホームズのおかげです。どんなに望んでも、私では、決して彼の天才的な分析能力をも苦しめた手がかりを追い切ることなど出来ませんでした。実は、最後の最後で、あわや失いかけたのです」

「おかけになって全てお話してください、ワトソン先生」彼女は言った。

私は彼女と最後に会ってから起こったことを手短に話した。ホームズの新しい捜査手法、オーロラ号の発見、アセルニー・ジョーンズの出現、夜の探検、そしてテムズ河を下る激しい追跡を。彼女は口を開け、目を輝かせて私の冒険話に聞き入っていた。矢が間一髪のところで当たらなかったという話をした時、彼女は真っ青になり、今にも気を失いそうになった。