「非常にデリケートなことなのです」青年は言った。「家庭の出来事を見知らぬ人に話すのは誰も好まないでしょう。自身の妻の行いを、私が今まで会ったこともない男性二人と話し合うのは、いたたまれない気持ちです。そうしなければならないのは非常につらいです。しかし私は我慢の限界に来ていますから、どうしても助言を頂かなければなりません」
「ねえ、グラント・マンロさん・・・・・」ホームズは話し出した。
青年は椅子から飛び上がった。「何ですって!」青年は叫んだ。「私の名前をご存知なのですか?」
「名前を伏せておきたいのでしたら」ホームズは笑いながら言った。「帽子の裏側に、名前を書くのは止めたほうがいいでしょう。そうでなければ、話する時は相手にツバの方を向けるべきですね。私が今言おうとしたのは、私とこちらの友人はこの部屋で沢山の奇妙な秘密を伺ってきましたが、幸いにも問題を抱えた人たちの多くに平安をもたらせたという事です。あなたにもできる限りのことをするとお約束致します。時間は貴重です。よければ、これ以上躊躇なさらずに、あなたの出来事を話してもらえませんか?」
訪問者は話す事が非常に辛いというように、もう一度額を手で拭った。身振りや表情全体から、マンロ氏は控えめで無口な人間で、ちょっとプライドがある性格のために傷を外にさらすよりも隠したいタイプのように思われた。その時突然、慎みを投げ捨てたかのように、マンロ氏は手を握り締め、荒々しい身振りで話し始めた。
「事実はこうです、ホームズさん」マンロ氏は言った。「私は結婚して三年になります。その間、妻と私は、これまでのどの夫婦にも負けないくらいお互いに深く愛し合い、幸せに暮らしてきました。夫婦間には、考えにも、言葉にも、行動にも、ただの一つも合わないところがありませんでした。そして今、この前の月曜以来、突然二人の間に壁が生じました。そして私は、妻の人生に、妻の考えに、街ですれ違った女と同じくらいほとんど何も知らない部分があるのを発見したのです。夫婦はよそよそしくなりました。そして私はなぜそうなったかを知りたいのです」
「これ以上お話する前に、強調しておきたいことがあります、ホームズさん。エフィは私を愛しています。これは絶対間違いありません。今でも彼女はこれまでに無かったほど全身全霊で私を愛しています。私は分かります。私は感じます。この件について疑いたくはありません。女が自分を愛している時、男は簡単に分かります。しかし夫婦の間に何か秘密がある。そしてそれが解明されるまで、以前のように戻ることができない」
「どうか事実関係をお話しいただけませんかね、マンロさん」ホームズはちょっといらいらして言った。
「エフィの生い立ちについて知っていることをお話します。私が最初にエフィに会った時、未亡人でしたが、25歳というかなりの若さでした。エフィの名前はその時、ヘブロン夫人でした。エフィは若い時にアメリカへ渡り、アトランタの町に住んでいました。そこでエフィは、このヘブロンという男性と結婚しました。ヘブロンは稼ぎの良い弁護士でした。夫婦には子供が一人生まれました。しかしその地方で黄熱病が猛威をふるい、夫も子供もそれで命を落としました。夫の死亡証明書を見た事があります。この一件でエフィはアメリカが嫌になり、イギリスに戻って来てミドルセックス・ピンナーにいる母方の叔母と一緒に住んでいました。夫はエフィに十分な暮らしができるだけの財産を遺しました。エフィは約四千五百ポンドの資産を持っていました。それは夫によって非常に上手く投資されており、平均して七パーセントの利回りがありました。エフィは私とピンナーで会った時、そこに住んで六ヶ月しか経っていませんでした。私達はお互いに恋に落ち、そして数週間後に結婚しました」
「私はホップの商売で七~八百ポンドの収入があるので、二人は何不自由のない生活をし、ノーベリに年80ポンドでしゃれた邸宅を借りていました。この辺りは街に極めて近いわりには、非常にひなびた場所でした。ちょっと上の方に、ホテルと二軒の家がありました。そして反対側の土地に私達の家に面して小さい家が一軒建っていました。駅へ行く道の半分くらいまでには、これ以外に家は一軒も建っていませんでした。私は特定の季節には仕事で街まで出掛けなければなりませんが、夏はそれほど行かなくても構いません。そして、私と妻はカントリーハウスで、これ以上ないほど幸せに暮らしていました。この呪われた事件が起きるまで、夫婦の間に暗い影が落ちることは全くありませんでした」