コンプリート・シャーロック・ホームズ
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すぐに扉が開いたが、戸口に立っていたのは予想とは全く違う人物だった。それは驚くほど美しい若い女性だった。彼女はドイツ系のブロンドの髪だったが、見事に対照的な黒い瞳をしていた。彼女は、扉をノックしたのが見知らぬ人間だと気づいてちょっと驚き、決まり悪そうに、白い頬を赤く染めた。開いた戸口からこぼれる光が、額縁のようにこの美しい肖像画を飾っていた。マクマードはこれ以上の名画は見た事がないと思った。汚く薄暗い周囲の景色の中、その姿はいっそう魅力的に映った。鉱山から廃出された黒いボタ山の上に美しいスミレが一輪咲いても、これほどの驚きはなかっただろう。彼は何も言わず、突っ立ったまま、うっとりと彼女を見つめていた。沈黙を破ったのは彼女の方だった。

「父かと思っていました」彼女はわずかにドイツ訛のある、感じの良い声で言った。「父に会いに来たんですね?父は町に出ています。すぐに戻って来ると思います」

マクマードは露骨に称賛するような視線で彼女を見つめ続けたので、彼女は困惑し、このあつかましい客の足元に視線を落とした。

「いいや、お嬢さん」彼は遂に言った。「急ぎの用じゃない。ここの下宿を紹介されただけでね。もしかしたら、自分に合うかもしれんと思っていた、 ―― でも、もうそうだと分かったよ」

「決断が速いんですね」彼女は微笑んで言った。

「俺は目が見えるからな」彼は答えた。

彼女はこの誉め言葉に大笑いした。「どうぞお入り下さい」彼女は言った。「私はエティ・シャフター、シャフターの娘です。母が亡くなりましたので、私がこの宿を手伝っています。父が帰ってくるまで、居間のストーブの近くに座ってくださ・・・・・ああ、返ってきました!これで父とすぐに契約できますね」

大柄の老人が道を重い足取りでやって来た。マクマードは自分の用件を簡単に説明した。ここを選んだ理由を訊かれ、マクマードは、シカゴでマーフィと言う名の男から聞いた、マーフィーも別の人間から聞いた、と説明した。老シャフターは大歓迎した。マクマードは、何一つ文句を言わず、直ちに全ての条件に同意した。どうやら非常に金回りがいいようだった。1週分の七ドルを前払いし、彼は食事付きの下宿を確保する事になった。

こうして、お尋ね者を自称するマクマードはシャフターの下宿に住み着く事になった。これが次々と起った長く暗い事件の第一歩だった。そして、その決着がつくのは、遠く離れたイギリスの地だったのである。