コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

「ここはリーの外れだ」ホームズは言った。「短い間にイギリスの三つの州を通った。ミドルセックスから始まり、サリーの角を越え、そしてケントに着いた。木の間に明かりが見えるだろう、あれがシーダー邸だ。そしてあのランプの横に座っている女性、あれだけ気がかりなら、この馬のひずめの音がまず間違いなく聞こえているだろう」

「しかし、なぜ君はこの事件をベーカー街で扱わないんだ?」私は尋ねた。

「それは、ここで色々な調査を実施しなければならないからだ。セント・クレア夫人は非常に親切なことに二部屋を僕に貸してくれた。心配しなくてもいいよ。僕の仲間で友人として、彼女は大歓迎してくれるはずだ。しかし、彼女の夫について何も報告することがない時に会うのはいたたまれないな、ワトソン。さあ着いた。ドウ、そこだ、ドウ!」

我々は、周りが広い私有地になっている大きな邸宅の前で馬車を止めた。厩舎の少年が飛び出して来て、馬の頭を押さえた。私は馬車から飛び降りて、ホームズの後について家につながる小さな曲がりくねった砂利道を進んだ。我々が近づくとドアがぱっと開き、玄関に小さなブロンドの女性が出てきた。彼女はふわふわしたピンクのシフォンが襟元と手首についた、薄い絹モスリンのような服を着ていた。溢れる光を背に体の輪郭を浮かび上がらせて、片手をドアにかけ、もう一方の手を切迫したように上げていた。身体を少し前に倒し、首をいっぱいに伸ばして、必死で目を凝らし、今にも声をかけんばかりに口を開けていた。

「どうでした?」彼女は叫んだ。そして、二人連れなのを発見し、大きな歓声を上げた。しかし、ホームズが頭を振って肩をすくめるのを見て、うめき声へと変わった。

「いい知らせは?」

「ないですな」

「悪い知らせは?」

「ないですな」

「それはよかった。とにかく中にお入りください。一日中調査してくださって、きっとお疲れでしょう」

「こちらは私の友人のワトソン博士です。いくつかの事件で非常に重要な働きをしてくれた人です。彼が今回の調査に協力してくれるのは僕にとって幸運でした」

「お会いできて嬉しいです」彼女は私の手を握り締めて言った。「もし、もてなしに至らぬ点があってもどうかお許しください。こんなにも突然、不幸にみまわれた事情を斟酌してください」

「奥さん」私は言った。「私には兵役の経験があります。仮になかったとしても、奥さんに謝っていただく必要はありません。奥さんかこちらのホームズ、お二人のどちらかにでも私にお役に立てる事があれば、これ以上嬉しいことはありません」

「それでは、シャーロックホームズさん」セント・クレア夫人は明るく照らされたダイニングルームに入ると言った。テーブルの上には冷製の夕食が並べられていた。「是非、お聞きしたいことが一つ、二つあります。簡単な質問ですので、率直にお答えいただけますか?」

「もちろんです」

「私へのお気遣いは不要です。私はヒステリックでもありませんし、気絶したりするようなこともありません。私はただあなたの本当の、本当の意見を伺いたいだけです」

「どんな事でしょう?」

「本心を教えてください。ネビルは生きていると思っていますか?」

illustration

シャーロックホームズはこの質問に当惑したように見えた。「率直にお願いします!」彼女はホームズが籐椅子にもたれかかっていると、ラグの上に立ち、彼をじっと見下ろして言った。

「それでは率直に言いますが、思っていません」

「死んだとお考えなの?」

「そうです」

「殺されたと?」

「そうとは言えません。可能性はありますが」

「では何日に死んだのですか?」

「月曜日です」

「ホームズさん、それでは説明していただけますよね?私が今日、ネビルからの手紙を受け取ったのはどういうことなのでしょう」