コンプリート・シャーロック・ホームズ
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警察の許可証を取るのに少し手間取り、その日のうちにウィンチェスター*へ行く代わりに、我々はハンプシャー州にあるネイル・ギブソン氏の私有地のソア・プレイスに行った。ギブソン氏は同行しなかったが、地方警察のコベントリ巡査部長の住所をもらった。彼はこの事件を最初に調査していた。彼は背が高く、痩せて、顔色の悪い男だった。こそこそと謎めいた態度をとっていて、実際に話すことよりもっと知っていたり疑っている事があるぞと言わんばかりだった。彼は突然声を潜め、あたかも何か決定的に重要な事が出てくるぞというように話すという、ちょっとわざとらしい癖があった。しかし、その情報は大抵ありふれたものだった。このわざとらしい態度の影から、彼はすぐに親切で正直な本性を現した。彼は自分にそれほど深い知恵がなく、どんな助力もありがたいということを認めないほどプライドが高くはなかった。

「ともかく、ロンドン警視庁よりもあなたに来て欲しかったですね、ホームズさん」彼は言った。「もしロンドン警視庁が事件に絡めば、地方警察は成功しても名誉はなしで、失敗すればとがめられます。ところが、あなたは公平に振舞う。私はそう聞いています」

「私はまったく表に出る必要はありません」ホームズがこう言うと憂鬱そうな警部は明らかにほっとした様子だった。「もし私が事件を解決しても自分の名前を出すようにと求めたりはしません」

「いや、それは実に寛大なお申し出ですね。そしてあなたの友人の、ワトソン博士が、信頼できる方だということも知っています。さて、ホームズさん、現場まで歩いて行く間に、あなたにお尋ねしたい質問が一つあります。あなた以外にこんな事を漏らすことはできません」彼は言葉を口にするのがはばかられるとでもいうようにあたりを見回した。「ネイル・ギブソンさん自身、この事件に怪しい所があると思いませんか?」

「その事は考えていますよ」

「あなたはミス・ダンバーとまだお会いになっていないでしょう。彼女はあらゆる面で本当に素晴らしい女性です。彼が妻を放り出したいと願っても当然でしょう。そしてアメリカ人はイギリス人よりも簡単に拳銃を使いますからね。あれは彼の拳銃ですから」

「間違いありませんか?」

「ええ。彼が持っていたペアの一丁です」

「ペアの一丁?もう一丁はどこです?」

「あの紳士は色々な種類の銃をたくさん持っています。その拳銃にぴったりと合うものはありませんでしたが、二丁入るように出来た箱がありました」

「もしそれがペアの一丁ならきっともう一丁合うものがみつかるはずですね」

「ええ、もしあなたがご覧になりたいのなら家で全部出して並べていますよ」

「もしかすると後でお願いするかもしれません。一緒に歩いていって惨劇の現場を見てみましょう」

この会話をしていた場所は、地元の警察署として利用されていたコベントリ巡査部長の質素な家の応接室だった。しおれたシダでどこもかしこも黄色くなった風の吹きすさぶ荒野を越えて半マイルほど歩くと、ソア・プレイスの私有地の敷地に面している横門に到着した。キジの保護区を抜ける細い道を歩いて行くと、見晴らしのよい場所から、岡の頂上にチューダー朝様式とジョージ王朝様式が混ざった、広い半木造の家が見えた。隣には葦が生い茂った細長い湖があった。湖は、真ん中の部分で狭くなり、そこに石橋がかけられて、広い馬車道がその上を通っていた、しかし両側は広がって湖になっていた。警部はこの橋のたもとを横切り、地面を指差した。

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「ギブソン夫人の死体が倒れていたのはあそこです。石を置いて目印を付けておきました」

「死体が運び出される前にここに来たと聞きましたが?」

「ええ、私はすぐに呼ばれましたので」

「誰が呼びに来ましたか?」

「ギブソンさん自身です。知らせを受けて、彼は他の者を連れて家から飛び出してきました。彼は警察が来るまで何も動かされていないと言っています」

「それは賢明でしたね。新聞記事を読んだところでは、拳銃は至近距離から発射されたということでしたが」

「ええ、そうです、非常に近い所からです」

「右のこめかみの近くですか?」

「そのすぐ後ろです」

「死体はどんな風に倒れていましたか?」

「仰向けでした。争った跡はありませんでした。足跡もありません。武器もありません。ミス・ダンバーからの短い手紙を左手に握り締めていました」

「握り締めていたんですか?」

「ええ、そうです。指を開くのが大変でした」

「それは非常に重要な事だ。偽の手がかりを作るために、誰かが死んだ後その手紙を握らせたかもしれないという可能性はそれで無くなる。そうだ!その手紙は、私の記憶では、非常に短いこんな文面でしたね」

「九時にソア橋に行きます」
「G.ダンバー」

「こうじゃなかったですか?」

「ええ、そういう手紙でした」

「ミス・ダンバーはそれを書いた事を認めているんですか?」

「ええ」

「彼女はなんと説明しているですか?」

「彼女の抗弁は巡回裁判まで留保されています。何も言おうとしません」

「この事件は確かに非常に興味深いものだ。この手紙の位置づけが非常に不明瞭だとは思いませんか?」

「まあ」警部が言った、「もし大胆に言わせてもらえれば、この事件全体で唯一つの明瞭な点のように思えますが」

ホームズは首を振った。

「この手紙が本物で実際に書かれたものだとすれば、それは間違いなくかなり前に受け取られているはずです・・・・一、二時間でしょうか。それでは、なぜこの女性はまだ左手にそれを握っていたのでしょうか?なぜ彼女はわざわざそれを持ってきたのでしょう?彼女は会うときにそれを見る必要はなかった。おかしいとは思えませんか?」

「まあ、そう言われると、そうかもしれません」

「しばらくの間腰を落ち着けて考えてみるべきだと思いますね。彼は石橋の出っ張ったところに座り、私は彼の灰色の目があらゆる方向に問いかけるような視線を走らせるのを見ることができた。突然彼はもう一度さっと立ち上がり、反対の手すりに走って行くと、ポケットから拡大鏡をさっと出し、石造りの手すりを調べ始めた。

「これは奇妙だ」彼は言った。

「ええ、出っ張った所に破片が落ちていました。誰か通りがかりの人間の仕業でしょう」

手すりは灰色の石で出来ていた。しかしこの一点は、六ペンス銀貨よりもちょっと小さな部分が白くなっていた。よく調べると、鋭い衝撃で表面が削り取られたことが見て取れた。

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「かなりの衝撃がないとこうはならない」ホームズは考え深げに言った。彼が、出っ張った所を何度か杖で叩いても跡は残らなかった。「そうだ、かなり激しい打撃だった。それに、奇妙な場所だ。上からではなく下から来ている、手すりの下の角にあるのが見えるだろう」

「しかし死体からは少なくとも15フィート離れていますよ」

「そうだ、死体から15フィート離れている。これは事件に何の関係もないかもしれない。しかし注目に値する点だ。ここでさらに調べることはないようだ。足跡はなかったと言いましたね?」

「地面は鉄のように硬かったですね。全く足跡はありませんでした」

「では行きましょうか。まず家に上がってあなたがおっしゃった武器を調べましょう。その後で、これ以上次の段階に行く前にミス・ダンバーに会ってみたいので、ウィンチェスターに行く事にしましょう」

ネイル・ギブソン氏はロンドンからまだ帰ってきていなかった。しかし部屋の中で今朝我々を訪ねてきた神経過敏のベイツ氏と会った。彼は意地悪そうに喜んで、彼の雇用主が冒険に満ちた人生を送る間に、大変な数になるまで貯め込んだ色々な形と大きさの銃器を我々に見せた。

「彼と彼のやり方を知っている者なら誰でも予想するでしょうが、ギブソンさんには敵がいました」彼は言った。「彼はベッドの側の引き出しの中に弾を込めた拳銃を入れて寝ています。彼は暴力的な人間です。そして家の者全員、彼が恐ろしくなる事があります。亡くなった奥様がしょっちゅう怯えていた事は間違いないと思います」

「彼女に実際に暴力を振るうのを見たことがあるのか?」

「いいえ、そうとは申し上げられません。しかしほとんどそれと同じくらいひどい言葉を聞いたことがあります ―― 冷たい、切るような軽蔑の言葉を、使用人の前でさえです」

「あの億万長者は私生活では黄金色ではないようだな」ホームズは駅に向かっている時に言った。「さて、ワトソン、非常に多くの事実に行き当たった。新しい情報もあった。それでもまだ結論は遠いように思える。ベイツ氏は雇用主に対して非常にはっきりと憎悪を抱いていたにも関わらず、彼の話で、知らせが入った時、ギブソン氏が間違いなく書斎にいた事が分かった。夕食が終わったのが8:30で、それまで全てはいつもどおりだった。知らせが入ったのはかなり夜が更けてからだというのは事実だ。しかし、惨劇は間違いなく手紙に書かれていた時刻付近で起きた。ギブソン氏がロンドンから5時に戻ってきて以降、外に出たという証拠は全くない。一方、ミス・ダンバーは、僕が聞いた限りでは、ギブソン夫人とその橋で会う約束をしたことを認めている。彼女はそれ以上は何も言っていない。彼女の弁護士が抗弁まで控えておくように助言したからだ。この若い女性には聞いておきたい決定的な質問がいくつかある。彼女に面会するまで予断はゆるさない。これは告白しなければならないだろうが、もしある一つの事がなかったなら、僕はこの事件で彼女が非常に怪しく思えただろう」

「それは何なんだ、ホームズ?」

「衣装棚の中から拳銃が見つかった事だ」

「なんと、ホームズ!」私は叫んだ、「一番不利な出来事に思えるが」

「そうじゃないな、ワトソン。最初、なんとはなく読んでいた時でさえ非常に奇妙だと思った。そして今、僕がこの事件にもっと深く関わって、確固とした希望が持てる点はこれだけだ。我々は一貫性を求めなくてはならない。それが欠けている地点で、ごまかしを疑わなければならない」

「何を言っているのかよく分からない」

「ではワトソン、これからちょっと考えてみよう。君があの女性の立場に立っていると仮定する。君は、事前に冷たく計算した手段で、今まさに敵を葬り去ろうとしているところだ。君は計画を練った。手紙を書いた。犠牲者が来た。君は武器を持っている。犯罪が行われた。職人のように完璧になされた。君は僕に、こんなに巧妙な犯罪を犯した後、ここでその見事な職人技を台無しにするつもりだと言うのか?武器をすぐ近くの葦原に投げ捨てれば永遠に出てこないだろうに、その事をすっかり忘れ、代わりに君はそれをご丁寧にも、家に持って入って自分自身の衣装棚の中に置かなければならんのだ。一番最初に捜索されるはずの場所にだぞ?どんなに親しい友人でさえとても君を陰謀家とは呼べないだろうが、ワトソン、それでも僕は君がそんながさつな行動をとる場面を思い描くことは出来ないな」

「その時は興奮していて・・・」

「駄目、駄目、ワトソン。そんな可能性は認めないよ。犯罪が冷静に企てられているんだ。それを隠蔽する手段も同じように冷静に企てられているはずだ。したがって、僕は我々がとんでもないな勘違いを起こしていると思う」

「しかし解明しなければならないことは山ほどあるぞ」

「よし、これから解明に乗り出そう。いったん視点を変えてみれば、非常に不利だった事が真相への手がかりになる。たとえば、この拳銃だ。ミス・ダンバーは何も知らないと言い張っている。我々の新しい考えでは彼女がそう言っているのならそれは真実だ。したがって、それは彼女の衣装棚に置かれた。誰がそこに置いたのか?誰か彼女に罪を着せたいと願っていた人間だ。その人物が真犯人ではないのか?どうだ、こんなに実りの多い調査の線へと、いかに簡単に乗りかえられるか、見ただろう」