ローリストン・ガーデンの謎 1 | ローリストン・ガーデンの謎 2 | ローリストン・ガーデンの謎 3 |
彼はやる気のない態度から、一転して活動的な発作が起きたような雰囲気になり、慌ててコートを着て、バタバタし始めた。
「君も帽子を被って」彼は言った。
「僕に来て欲しいのか?」
「そうだ。他にすることがなければな」一分後、我々は物凄い勢いでブリクストン・ロードに向かう馬車に並んで乗っていた。
霧が立ち込めた曇り空の朝だった。屋根の上に茶色い色のベールが立ちこめ、その下にある泥色の通りを映しているように見えた。我が友人は最高に上機嫌で、クレモナのバイオリンや、ストラデバリとアマーティの違いについてしゃべりつづけた。私は無口だった。どんよりした天気と、これから先の陰気な仕事で、憂鬱になっていたのだ。
「君は、目の前の問題についてあまり考えていないようだが」私は遂にホームズの音楽論考を遮って言った。
「まだデータがない」彼は答えた。「全ての証拠を掴む前に理論を組み立てるのは大きな誤りだ。ゆがんだ見解になる」
「データはすぐに手に入るだろう」私は指で示しながら言った。「これがブリクストンロードだ。そしてもし大きな間違いをしていなければ、あれが問題の家だ」
「そうだな。止めろ、御者、止めろ!」家はそこからまだ百ヤードはあったが、彼は降りるといってきかず、残りは徒歩で行く事になった。
第三ローリンストンガーデンは、不気味でおどろおどろしい建物だった。それは通りから少し入り込んだところに建っている四軒のうちの一軒だった。人が住んでいる家が二軒で、空家が二軒だった。空家は一階から三階まで、虚ろで物寂しく陰気な窓が並んでおり、汚れた窓ガラスの所々に「貸家」の看板が白内障のようにぼんやりと浮かんでいる以外、何も見えなかった。家と通りの間の小さな庭には、ところどころ色の悪い草が生い茂っていた。その庭を横切って黄色い色の細い道が通っていた。道は、土と砂利を混ぜたもので出来ているらしかった。昨夜中降り続いていた雨に濡れて、どこもかしこもびしょびしょだった。庭の境界には三フィートの高さの煉瓦塀があり、その上に木製の手すりがついていた。この塀に屈強な巡査が持たれかかっていて、その周りに少人数の野次馬が塊になっていた。彼らは首を突き出して目を凝らし、中で起きていることをちょっとでも見ようと、無駄な努力をしていた。
私は、シャーロックホームズがただちに家の中に駆け込んで、すぐこの事件の調査に入るものと予想していた。彼の態度はそれまでと変わらないように見えた。この状況下では、私には気取っているように見えたほど彼は無頓着な様子で、歩道をゆっくり行ったり来たりし、地面、空、向かい側の家、一連の手すりをぼんやりと見た。この調査を終えると、彼は視線を地面にから離さずゆっくりと小道を進んだ。小道と言うよりも脇に生えている草の上を歩いていた。彼は二度立ち止まった。そして一度、彼は微笑み、満足そうな叫びを上げるのが聞こえた。濡れた粘土っぽい土の上に沢山の足跡が残されていた。しかし警察がその上を行ったり来たりしていたので、ホームズがそこからどのようにして何かを読取れるのか、見当もつかなかった。それでも彼の観察力がいかに鋭く、素早いかということを思い知らされていたので、私には何も見えなくても、ホームズがそこから非常に多くの情報を読み取れるのは間違いなかった。
我々は家の戸口で、手帳を手にした男と出会った。背が高く、顔は白く、髪は亜麻色だった。彼は駆け寄って来ると、興奮してホームズの手をしっかりと握った。「お越しいただいて本当にありがとうございます」彼は言った。「何もかもそのままの状態で残しています」
「あれはどうなんだ!」ホームズは小道を指して答えた。「もし野牛の群れが通っても、これ以上めちゃめちゃには出来ん。しかしグレッグソン、当然自分なりの結論が出たから、君はこれを許可したんだろうな」
「私は家の中でやる事がいっぱいあったので」警部は言い訳するように言った。「同僚の、レストレードもここに来ています。この件については彼に任せていました」
ホームズはちらっと私を見て皮肉っぽく眉をつり上げた。「君とレストレードのような男が現場にいれば、第三者が発見することはほとんどないだろうな」彼は言った。
グレッグソンは満足したように手を擦り合わせた。「私は出来ることは全部やったと思っています」彼は答えた。「しかし奇妙な事件で、あなたがそういう事件に興味があると知っていたので」
「ここに辻馬車で来たのではないな?」ホームズは尋ねた。
「ええ」
「レストレードも?」
「そうです」
「それでは中に入って部屋を見よう」彼はこんな一貫性のない話をすると、スタスタと家に入って行った。グレッグソンが後を追ったが、驚きを隠せない表情だった。
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