コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「姉は二年前に死にました。お話ししたいのは姉の死に関係があるのです。ご理解いただけると思いますが、いまご説明したような生活をしていましたので、私たちは、同じような家柄の同年代の人と会うことがほとんどありませんでした。しかし、親戚の叔母が一人いました。母の妹で、ハローの近くに住んでいるホノリア・ウェストファイルという名の女性でした。叔母は未婚で、短い期間なら、家にときどき泊まりに行くことを許されました。ジュリアは二年前のクリスマスに叔母の家に行った際、休職手当を受給している海軍少佐と出会い、婚約することになりました。継父は姉が戻ってきたとき、その婚約を知らされたのですが、結婚に反対はしませんでした。けれども、結婚式当日まで二週間を切った日に起きた恐ろしい出来事が、たった一人の姉を私から奪ったのです」

シャーロックホームズは目を閉じ、頭をクッションに沈めて、椅子にもたれかかっていた。しかし、ここで目を開けて依頼人をちらりと見た。

「細部まで正確にお願いします」ホームズは言った。

「それは簡単です。あの恐ろしい夜の出来事は、なにもかも脳裏に焼きついていますから。さっき申し上げたように、継父の邸宅は非常に古く、片側の棟だけが住居として使われています。棟の寝室は一階で、居間は建物の中央部分にあります。寝室のうち、一つ目がロイロット博士、二つ目が姉、三つ目が私の部屋です。部屋と部屋との間に扉や窓はありませんが、どれも同じ廊下に面しています。説明がわかりにくくはありませんか?」

「非常によくわかります」

「三つの部屋の外側は芝生に面しています。あの運命の夜、ロイロット博士は自分の部屋に早く下がりました。しかし、姉は継父がいつも吸っているインド煙草のきつい臭いに悩まされたので、継父がまだ寝ていないことはわかっていました。そのため姉は私の部屋に来ました。そしてしばらくの間、二人で目前に迫った結婚式のことを話しました。11時ごろ、姉は立ち上がって帰ろうとしました。しかし、戸口のところで立ち止り、こちらを振り返りました」

「『教えてちょうだい、ヘレン』姉は言いました、『誰かが真夜中に口笛を吹くのを聞いたことがある?』」

「『一度もないわ』私は言いました」

「『眠っているあなたが吹くはずはないでしょう?』」

「『もちろんないわ、なぜそんなことを?』」

「『それは・・・・ここ何日か、いつも朝の三時ごろ、低いはっきりした口笛が聞こえるのよ。私は眠りが浅いから、いつもそれで目が覚めるの。どこから聞こえるのか、はっきりとしないのね。となりの部屋かもしれないし、芝生の方からかもしれない。それで、あなたも聞いたことがあるか、ちょっときいてみようと思ったの』」

「『いいえ、ないわ。きっと、敷地にいる野蛮なジプシーが吹くのよ』」

「『たぶんそうね。でも芝生の方の音なら、なぜあなたが聞いていないのかしら』」

「『へんね。でも、私はあなたよりぐっすり眠っているから』」

「『まあ、なんにしても、気にするようなことではないわね』姉は私に笑顔を返して、扉を閉めました。しばらくして姉が鍵を閉める音が聞こえました」

「まさか」ホームズは言った。「夜にはいつも部屋に鍵を掛けていたのですか?」

「いつもです」

「なぜなんですか?」

「ちょっと触れたかと思いますが、継父はチーターとヒヒを飼っています。扉の鍵を掛けないと、不安でしようがありませんでした」

「たしかに。お話をお続けください」

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「その夜は眠れませんでした。いまにも不幸なことが起こるような、むなさわぎに押しつぶされそうでした。覚えていらっしゃると思いますが、姉と私は双子でした。そして一身同体のような私たち二人の心がどんなに微妙な絆で結ばれているかは、おわかりいただけるでしょう。ひどく荒れた夜でした。外では風が吹きすさび、雨が窓を激しく打ち付けていました。突然、暴風のとどろく音を切りさいて、恐怖におののく、激しい女性の叫び声が聞こえました。姉の声でした。私はベッドから飛び起き、ショールを体に巻き、廊下に飛び出ました。扉を開けたとき、姉が言っていたような低い口笛が聞こえたような気がしました。その直後、ちょうど重い金属が落ちるようなガチャンという音がしました。廊下を走っていくと、姉の扉の鍵が開き、蝶番を軸に静かに回転しました。私は恐ろしさに何もできず、それをじっと見つめていました。なにが起きるのかまったくわかりませんでした。廊下のランプの光で、姉が戸口に現れたのが見えました。姉の顔は恐怖で真っ青で、両手は助けを求めてもがき、体全体が酒に酔った人のようにふらふらと揺れていました。私は姉をだきかかえようと、駆け寄って手を差しのべました。しかしその瞬間、姉の膝が落ち、床に倒れました。姉は、激痛に苦しむように、身をよじらせ、手足は激しくけいれんしていました。そのときは、姉が私が来たことをわかっていないと思いました。けれども、床の姉にかがみこんだとき、突然、一生耳から消えそうもない声で叫びました。『ヘレン!、バンドだったわ、まだらのバンド!』まだ何か言いたいことがあったようでした。そして姉は継父の部屋の方向の宙を指差しました。しかし、またけいれんの発作で言葉が出なくなりました。私は継父を大声で呼びながら、駆け出しました。すると、ちょうど継父がガウンを着て部屋から急いで出てくるところに出会いました。継父が姉の横に来たとき、姉はもう意識を失っていました。継父はブランデーを飲ませ、医者の助けを呼びにやらせましたが、なにも効かず、だんだん容体が悪くなり、姉は意識を取り戻すことなく死にました。これが愛する姉の恐ろしい最期でした」

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「ちょっとよろしいですか」ホームズは言った。「口笛と金属音を聞いたのは間違いないですか?はっきりとそう言えますか?」

「村の検死官が、捜査時に同じことをききました。私にはそれが聞こえたという印象が強く残っています。しかし暴風のすごい音と、古い家がきしむ音で、聞きまちがえた可能性はあります」

「お姉さんはきちんと服を着ていましたか?」

「いいえ、夜着でした。右手にマッチの燃えさしが見つかり、左手にはマッチ箱がありました」

「危険を感じて、マッチをすり、その明かりでなにか調べたようですね。これは重要です。検死官はどう判断したのですか?」

「検視官はこの事件を非常に注意深く調べました。ロイロット博士の悪行は、地元ではずっと有名でしたから。けれども納得できる死因を見つけられませんでした。私の証言で、扉は内側から鍵が掛かっていたことは間違いなく、窓には広い鉄板がついた旧式の雨戸があり、毎夜きちんと閉められていました。壁は隅から隅まで調査されましたが、どこもびくともしないことがわかりました。床も入念に調べられましたが、同じ結果でした。煙突は大きいのですが、四本の大きなカスガイが走っていました。ですので、姉に致命的なことが起きたとき、部屋に一人でいたことは確かです。しかも、姉の体には傷ひとつありませんでした」

「毒はどうですか?」

「何人もの医者が調査しましたが、検出されませんでした」

「それで、あなた自身はお姉さんの死因についてどうお考えですか?」

「私は姉が純粋な恐怖と神経のショックで死んだと思っています。姉がそこまで恐れたのがなにかは、想像もつきません」

「ジプシーはそのとき、敷地にいたのでしょうか?」

「はい、ほとんどいなくなるときはありません」

「では、バンドと言った意味はどうお考えですか?まだらのバンドというのは?」

「錯乱状態で口から出た、ただのうわ言だと思ったこともありましたし、何かの団体(バンド)を表しているのかもしれないと思ったこともありました。もしそうだとすれば、敷地にいるジプシーのことでしょう。姉が不思議な表現を使うほど大勢の人が斑点のついたハンカチを頭に巻いていたかどうかはわからないのですが」

ホームズは、それはないとでも言わんばかりに首を振った。

「これは、なかなか手ごわい謎だ」ホームズは言った。「話をお続けください」