コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホーム長編緋色の研究四つの署名バスカヴィル家の犬恐怖の谷短編シャーロック・ホームズの冒険シャーロック・ホームズの回想シャーロック・ホームズの帰還最後の挨拶 シャーロック・ホームズの事件簿

我々がレストランで手早く昼食を食べたのは、午後もかなり遅くなってからだった。入り口のニュースポスターに、「ケンジントンの惨事。狂人による殺人事件」と書かれていた。そして新聞の記事を読むと、結局ホレス・ハーカー氏は記事を書いたことが分かった。記事は二段分にわたり、事件全体が大いに扇動的で凝った文体で表現されていた。彼はそれを調味料立てに立て掛け、食べながら読んだ。一、二度彼はクスクスと笑った。

「これはいい、ワトソン」彼は言った。「聞いてくれ」

警察で最も経験ある警部の一人レストレード氏と著名な相談業の専門家シャーロックホームズ氏にこの事件に関する意見の不一致が見られない事は、喜ばしいことである。両者とも、この非常に悲劇的な結末をもたらした奇怪な連続事件は、計画的な犯罪ではなく狂気によってもたらされたという結論に達した。精神異常以外に事件の事実を説明する事は不可能である。

「新聞は極めて価値の高い機関だ、ワトソン。どのように使うのかさえ知っていればな。さて、もし食べ終わったならケンジントンに戻って、ハーディング・ブラザーズの経営者から、この事件について知っていることを確認しよう」

この大規模小売店の創始者は、キビキビした小柄な男で、きちんとした身なりをしていた。彼は頭の回転が速く理解力があって口が達者な人物だった。

「ええ、夕刊紙ですでに記事を読みました。ホレス・ハーカーさんは私どもの顧客です。数ヶ月前に胸像を配達しました。その種類の胸像はステップニーのヘルダー社に注文しましたが、もう全部売れました。誰に?ああ、多分売上台帳を見れば簡単にお教えできるでしょう。ええ、ここに記載があります。一つはご存知のとおりハーカーさん、そしてもう一つはチズウィック、ラバーナム・ベール、ラバーナム荘のジョサイア・ブラウンさん、最後の一つはレディング、ローワグローヴ通りのサンドフォードさんです。いいえ、あなたが見せたこの写真の顔に見覚えはありません。これより醜い顔はめったに見ませんからまず忘れることはないでしょう。店員にイタリア人がいるか?ええ、工員と掃除人の中に何人かいます。おそらくこの売上台帳は見たいと思えば見られたでしょうね。この書類を見張っている必要はありませんからね。ええ、ええ、非常に奇妙な事件ですね。もし調査で何か分かればできたら知らせてください」

ホームズはハーディング氏の証言中何度かメモをとった。そして私は彼が調査の進展に完全に満足している様子を確認することができた。しかし彼は、急がないとレストレードとの約束に遅れてしまうとしか言わなかった。案の定、我々がベーカー街に着いた時、警部はすでに到着しており、イライラして歩き回っているのを目にした。彼のもったいぶった様子は、彼がこの日成果を上げた事を物語っていた。

「いかがです?」彼は尋ねた。「いいことがありましたか、ホームズさん?」

「非常に忙しい一日を過ごしたが、完全に徒労には終わらなかったな」ホームズは説明した。「小売店と製造卸売り業者も見て来た。僕はあの胸像を全部最初から最後まで追うことができる」

「胸像!」レストレードは叫んだ。「まあ、あなたはご自分のやり方がありますね、シャーロックホームズさん。私はそれにどうこう言う立場ではありませんが、私は今日一日で、あなた以上に実りのある仕事をやったと思います。私は殺された男の身元を突き止めました」

「本当かね?」

「そして犯罪の原因も見つけました」

「すごいな!」

「警察に、サフロン・ヒルとイタリア人街が専門の警部が一人います。さて、殺された男はカトリックの十字架ネックレスをつけていました。肌の色から彼は南部から来たと考えました。ヒル警部は一目で彼を判別できました。彼の名前はピエトロ・ベヌッチで、ナポリ出身です。そして彼はロンドンで最もたちの悪い殺し屋の一人です。彼はマフィアと関係があります。これはご存知のとおり、規律を守るために殺しをやる秘密政治結社です。さあ、これで事態がはっきりし始めたのではないですか。相手の男もおそらくイタリア人で、マフィアの一員でしょう。その男は何かで規則を破った。ピエトロがその男を追った。おそらく、ピエトロが刺す相手を間違えないようにとポケットに入れて持ち歩いていた写真に写っているのがその男でしょう。ピエトロはこの男を執拗に追った。ピエトロは男が家に入るのを目撃する。ピエトロは彼が出てくるのを待つ。そして格闘が起きて、ピエトロは自分自身が致命傷を負う。いかがでしょう、シャーロックホームズさん?」

ホームズは同意するかのように手を叩いた。

「素晴らしい、レストレード、素晴らしい!」彼は叫んだ。「しかし君の説明では、あの胸像を破壊する理由がよく分からないが」

「胸像!あなたはあの胸像が決して頭から離れないですね。そもそも、何でもないことです。ちょっとした軽犯罪で、重くても懲役六ヶ月でしょう。我々が今捜査しているのは殺人事件です。そしていいですか、私は全ての糸口を手にし始めているんです」

「次はどうするつもりだ?」

「非常に簡単です。私はヒルを連れてイタリア人街に行き、手に入れた写真の男を見つけ、殺人容疑で彼を逮捕します。ご同行されますか?」

「いや、行かない。もっと簡単な方法で目的を達成できると思う。断言はできない。なぜなら全ては我々ではどうすることも出来ない要因次第だからだ。しかし僕は非常に期待している、 ―― 実際、可能性は二対一だ ―― 、もし君が今夜我々と一緒に来るなら、彼を逮捕する手助けをしてもらえるだろう」

「イタリア人街で?」

「いや、僕は彼を見つける可能性はチズウィックの方が高いと思っている。もし君が今夜僕と一緒にチズウィックに来れば、レストレード、僕は明日君と一緒にイタリア人街に行くよ。それに、それでちょっと遅れても何も問題は起きないと約束する。さて、ここで数時間眠っておくのが、誰にとってもいい事だろう。僕は11時前に出かけるつもりはないし、明け方までに戻ってこられる見込みは薄いからだ。僕達と一緒に夕食をとるといいよ、レストレード。その後は、出発する時間になるまでこのソファを自由に使ってくれ。その前に、ワトソン、呼び鈴を鳴らして速達配達人を呼んでくれればありがたい。僕は一通手紙を出すつもりだが、急いで配達することが重要なのだ」