コンプリート・シャーロック・ホームズ
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最後に私が死体のところに戻った時、驚いた村人たちが何人か集まってきて、周りを取り囲んでいた。スタックハーストは、もちろん、まだそこにいた。ちょうどそこへ、イアン・マードックが村の巡査のアンダーソンを連れて戻ってきた。大きな赤い口ひげを生やした男だった。重い静かな外見の中に良識を忍ばせた、もっさりとして堅実なサセックスの血を引いた男だった。彼は全員を聴取し、我々が言った事を全部手帳に書き、そして最後に私を脇に引っ張って行った。

「助言してもらえるとありがたいんですが、ホームズさん。これは私が扱うにはちょっと大きな事件です。もしヘマをすればルイスから叱責されます」

私は彼に直属の上司と医者を呼びにやる事、それから何も動かす事を認めない事、そして彼らが来るまで出来る限り新しい足跡をつけない事を助言した。その間、私は死んだ男のポケットを捜査した。そこにはハンカチ、大きなナイフ、小さな折り畳みの名刺入れがあった。名刺入れからは小さな紙切れが飛び出していた。それを私は広げて巡査に手渡した。女性の筆跡で走り書きしてあったのは次のような文面だった。

いつもの場所に行っています、忘れないように。
モーディ。

恋愛関係のように読める文章だった。時間と場所は書いてないが、密会かもしれない。巡査はそれを名刺入れに戻し、他の所持品と一緒にバーバリーのポケットに戻した。それ以上、何も手がかりになりそうなものがなかったので、断崖の下を徹底的に探す手はずを整えさせてから、私は朝食をとりに家まで歩いて帰った。

一時間か二時間してスタックハーストがやってきて、死体はザ・ゲイブルズに運ばれそこで検死が行われることになったと伝えた。彼は深刻で決定的な知らせを持ってきた。私が予想したとおり、崖下の小さな洞穴には何も見つからなかった。しかし彼はマクファーソンの机の中の書類を調べ、彼とフルワースのミス・モード・ベラミーとの間に間違いなく親しいつきあいがあったことを示す手紙を何通か見つけた。あの手紙を書いた人物が特定されたのだ。

「その手紙は警察が預かっています」彼は説明した。「手紙をここに持って来ることは出来ませんでした。しかし真剣な恋愛関係であったことは間違いありません。しかし私はそれとこの恐ろしい事件にはまったく関係がないと思います。あの女性が彼と会う約束をしていたということだけは別ですが」

「とは言っても、生徒や教師が全員、いつも利用していたあの遊泳場所で待ち合わせたりはしないでしょう」私は言った。

「マクファーソンが学生たちと一緒でなかったのは、単なる偶然ですからね」彼は言った。

「本当に偶然だったのですか?」

スタックハーストは考え込むように眉をひそめた。

「イアン・マードックが、朝食前に代数の証明問題をやると言い出してきかず、生徒は行けませんでした。可哀そうにマードックは今、恐ろしく動転しています」

「しかし、二人は友人ではなかったようですが」

「友人でなかった時もありました。しかし一年かそれ以上、マードックは他の誰よりもマクファーソンと親しい関係でした。マードックは元々、あまり深い友情を求める性格ではありません」

「そのように聞いています。一度犬の虐待のことで口論があったとあなたから聞いたような気がしますが」

「それはもう済んだことです」

「しかし何か根に持つようなしこりが残ったのかも」

「いいえ、彼らが本当の友人だというのは間違いありません」

「それでは、その女性の件を掘り下げなければなりませんね。ご存知ですか?」

「彼女を知らない人などいませんよ。このあたりで並ぶもののない美人です、 ―― 本当に美しい人です、ホームズさん。どこに行っても注目を浴びるでしょう。私はマクファーソンが彼女に惹かれていたことは知っていました。しかしあの手紙のような関係まで行っているとは思ってもみませんでした」

「それはそうと、どこの誰なんですか?」

「彼女はトム・ベラミー老人の娘です。ベラミーはフルワースの船と小さな家全部を所有しています。元々漁師をしていましたが、今ではかなりの資産家です。息子のウィリアムと一緒に経営をしています」

「フルワースまで足を延ばして、会ってみませんか?」

「どんな口実で?」

「ああ、口実はなんとでもなるでしょう。なんであれ、被害者がこんなに途方もない方法で自分自身を痛めつけるはずがない。もしこの傷を負わせたのが本当に鞭だとすれば、鞭の柄を握っていた別の人間がいたに違いない。この寂しい場所では、彼の顔見知りの範囲は間違いなく限られています。あらゆる方面にそれを追っていけば、動機に行き当たらないことはまずないでしょう。動機が分かれば、その後犯人も分かるに違いありません」