コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「あなたの状況ははっきりと分かりました」ホームズは言った。「こちらは私の友人のワトソン博士です。彼の前では私と同じように自由にお話していただけます。あなたとホズマー・エンジェル氏との関係をお話いただければ幸いです」

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サザーランド嬢は思わず顔を真っ赤にして、上着の房飾りをそわそわとつついた。「彼とはガス取り付け業者主催の舞踏会で初めて会いました」彼女は言った。「その業者は生前父にチケットを送ってきていました。その後も私達を覚えていてくれて、チケットを母に送って来ました。ウィンディバンクさんは、舞踏会に行かせたくはありませんでした。どこにだって行かせたくなかったのです。日曜学校のフェスティバルに参加したいなどと言おうものなら、ウィンディバンクさんは怒り狂うでしょう。しかしこの時はどうしても行きかったので、行くつもりでした。止める権利があるでしょうか?ウィンディバンクさんは、知り合いになるのにふさわしい参加者はいないと言いました。父の友人たちが皆行くことになっているのにですよ。そうしたら、彼は着ていく服がないだろうというのです。ほとんど箪笥から出したことがないビロードのドレスをもっているのにです。ついに、他に言うべきことがなくなって、ウィンディバンクさんは会社の用事でフランスに行きました。しかし母と私は、元親方をしていたハーディさんと出かけました。そこで私はホズマー・エンジェルさんと会ったのです」

「多分」ホームズは言った。「ウィンディバンクさんはフランスから帰って来た時、その舞踏会に行ったことをひどく怒ったでしょうね」

「それが、ウィンディバンクさんはそれについては、寛大な態度でした。たしか、笑顔だったと思います。そして、肩をすぼめてこう言いました。女性のすることを拒んでもしようがないな。女には女の流儀があるだろうから」

「なるほど。今のお話では、あなたはガス配管業者の舞踏会でホズマー・エンジェルという紳士に出会ったということですね」

「そうです。ホズマーさんとはその夜出会って、そしてホズマーさんは次の日家に来て、私達が皆無事に家に帰れたか尋ねました。私たちが彼と会った後で、・・・その、つまり・・・ホームズさん、私はホズマーさんと二度散歩に出かけました。しかし父が帰って来たので、ホズマーさんはもうそれ以上家に来ることができなくなりました」

「来なかったのですか?」

「はい、そうです。父はそういうことが嫌いなんです。父はできるだけ訪問者が来ないようにしていました。そして父はよく、女は自分の家庭の中にいるのが幸せであるべきだと言っていました。でも、私は母によく言っていたんですが、何より先に女には自分の家庭が必要ではないですか。それなのに、私にはまだ自分の家庭がないんですよ」

「しかし、ホズマー・エンジェル氏はどうしていたんですか?彼はあなたに会おうとはしなかったんですか?」

「ええ、父は一週間後にまたフランスに行くことになっていました。ホズマーさんは、父が出かけるまではお互いに会わない方が安全で良いだろうという手紙をくれました。その間は文通できるし、ホズマーさんは毎日手紙をくれました。私は手紙を朝取り込みますし、父に知らせる義務はありません」

「その時あなたはその紳士と婚約していたのですか?」

「はい、ホームズさん。私達は最初の散歩をした後、結婚の約束をしました。ホズマーは・・・いえエンジェルさんは、レッドゥンホール・ストリートの事務所で出納係をしています。それから・・・」

「何という事務所ですか?」

「ホームズさん、それが最悪なことに、知らないんです」

「では、どこに住んでいるんですか?」

「その建物に泊まっています」

「では住所を知らないんですね?」

「はい、レッドゥンホール・ストリートという以外は」

「それでは手紙をどの住所に出していたのですか?」

「レッドゥンホール・ストリート郵便局の局留めです。エンジェルさんは、事務所に手紙を送られると、女性から手紙をもらったことに対して他の社員みんなにからかわれると言っていました。それなら私も彼からと同じようにタイプライタで打ちましょうかと言うと、それは受け取らないと答えました。エンジェルさんは、私が手紙を手書きすると私から来たような気がするが、タイプライタで打たれていると、二人の間に機械が挟まったような感じがすると言いました。これでエンジェルさんがいかに私を大事にしているかがお分かりになるかと思います。そして、彼が細かいことまで考えていると」

「それは極めて暗示的ですな」ホームズは言った。「細かいことが限りなく重要であるというのは、私が長い間公理としている事でしてね。細かいことで結構ですから、ホズマー・エンジェル氏に関してそれ以外に覚えていらっしゃることはありませんか?」

「エンジェルさんは非常に恥ずかしがり屋なんですよ、ホームズさん。私と一緒に出かけたがるのは、昼よりも夜です。人目を引くのが大嫌いだからと言っていました。彼はとても引っ込み思案で優しい人です。声まで優しいんですよ。彼の話では、若い頃扁桃腺をわずらって炎症を起こし、それで喉が弱くなって、ためらうような、ささやくような話し方になったということです。いつもきちんとした身なりで、小奇麗にしています。しかし目は私のように弱くて、強い光を避けるために、色のついた眼鏡をかけています」

「なるほど、それであなたのお父さんのウィンディバンクさんがフランスに戻った時はどうなさったんですか?」

「ホズマー・エンジェルさんは再び家に来て、父が帰って来る前に結婚するべきだとプロポーズしたのです。彼はものすごい熱心さで、私の手を聖書の上に置かせて、何が起きても私は彼に忠誠を尽くすと誓わせました。母はエンジェルさんが私に誓わせたのはまったく当然のことで、彼の情熱の証だと言いました。母は最初からエンジェルさんに非常に熱心で、私よりも彼を気に入っている程でした。エンジェルさんと母が週内の結婚を話し合っている最中、私は父をどうするか尋ねました。しかし二人とも、後から話せばいいから父のことは気にしなくて構わないと言いました。母は父には自分が何もかも上手く取り計らうと言いました。ホームズさん、私は何歳か年上の人に結婚の許しを請うということがとても嫌でしたし、不自然に思えました。しかしこそこそしたくありませんでしたので、会社のフランス支所があるボルドーの父宛に手紙を書きました。しかし手紙は結婚式の朝に戻ってきました」

「それでは届かなかったのですね?」

「そうです。届く直前にイギリスに出発していたからです」

「ハ!それは不幸なことでしたね。それではあなたの結婚式は金曜日になっていたのですね。教会で挙げることになっていたのですか?」

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「はい、でも極めて簡素にです。キングズ・クロス近くのセント・セイバーズ教会で挙げる予定でした。その後セント・パンクラス・ホテルで朝食を取るつもりでした。ホズマーさんは二人乗りの馬車で母と私を迎えに来ましたが、三人になりましたので私たち二人をそれに乗せ、彼自身はたまたま通りにいた一台だけの四輪の辻馬車に乗り込みました。私達が先に教会に着きました。そして四輪馬車がやってきた時、私達は彼が出てくるのを待っていました。しかし彼は降りてきませんでした。そして御者が台から降りてきて、中を見ると誰もいないではないですか!御者は自分の目で彼が乗り込むのを見たので、何が彼に起きたか、全く想像もできないと言いました。ホームズさん、それが先週の金曜日のことです。それ以来、彼に何が起きたかを解明する手がかりは、何も目にしていませんし、聞いてもいません」