「彼を私の家に招待していたからです。彼が来なかったので、荒野で叫び声が上がった時、私は驚いてごく自然に彼の安全が不安になりました。ところで」彼の目は再び私からホームズにさっと向けられた。「叫び声以外に何か聞きましたか?」
「いいえ」ホームズは言った。「あなたは聞いたんですか?」
「いいえ」
「ではどうしてそんな事をお尋ねになったんですか?」
「ああ、農夫達が幽霊犬などについて話しているのはご存知でしょう。荒野で夜に聞こえると言われています。今夜そういう声がしたのかもしれないと思いました」
「私たちはそういう声は聞いていません」私は言った。
「それではこの哀れな男はどのように死んだとお考えですか?」
「間違いなく、不安と野宿で頭がおかしくなったのでしょう。彼は荒野を狂った状態で走り出して、最終的にあそこから落ちて首を折った」
「それが一番もっともらしい説明ですね」ステイプルトンは言った。そして彼は溜息をついたが、私にはそれが、安堵の声に聞こえた。「これについてどうお考えですか?シャーロックホームズさん」
ホームズは彼の問いかけにお辞儀をした。
「よく私のことが分かりましたね」彼は言った。
「ワトソン博士がいらっしゃってから、あなたのお越しをずっと待っていました。うまい具合にこの惨劇に出会ったものですね」
「本当にそうですね。この状況を見れば、ワトソンの説明どおりだという事に疑問はありません。明日ロンドンに帰るというのに、不愉快な思い出が出来ましたね」
「ああ、明日お帰りで?」
「そのつもりです」
「あなたがいらっしゃれば、私たちが困惑しているこの事件の何かが判明するのではないかと期待していたのですが」
ホームズは肩をすぼめた。
「そうお望み通りにはうまくいかないものです。探偵には伝説や噂ではなく事実が必要です。これはよく分からない事件です」
ホームズはこの上なくざっくばらんで無頓着な言い方をしていた。ステイプルトンはまだホームズを厳しく見つめていた。それから私の方を向いた。
「この哀れな男を私の家に運ぼうと言いたいところですが、妹が非常に怖がるでしょうから、ちょっと難しいでしょうね。私の考えでは、顔に何か掛けておけば、朝まではこのままでも大丈夫でしょう」
結局、そのようにすることにした。ステイプルトンの招きを断り、ホームズと私は彼を一人で帰して、バスカヴィル館に出発した。振り返ると、人影がゆっくりと広大な荒野を越えて行くのが見えた。その後方に浮かぶ銀色の斜面に黒いゴミのようなものがあった。それはあんなにも恐ろしい最期を迎えた男が横たわっている場所を示していた。