コンプリート・シャーロック・ホームズ
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我々は躓きながらゆっくりと闇の中を進んだ。あたりは、黒く突き出たゴツゴツした丘に囲まれて真っ暗だったが、黄色い光の小さな点は間断なく前に輝いていた。闇夜の光の距離ほど当てにならないものはない。その輝きは水平線上のはるか遠くに見えた時もあれば、数ヤード先にあるかのように思えた時もあった。とうとう光の出所を確認することができた時、私たちはそこからほとんど眼と鼻の先の距離まで来ていた。ロウが垂れたロウソクが岩の隙間に立てられていた。岩はロウソクの両側を囲い、風を防ぎながら、光がバスカヴィル館の方向以外に漏れないようになっていた。目の前に花崗岩の大きな岩があり、私たちの姿は向こうから死角になっていた。岩の陰にうずくまり、そこからそっと頭を出して合図の光を覗き込んだ。荒野の真ん中のこんな場所でロウソクが一本、ぽつんと輝いているのは奇妙な光景だった。ロウソクの近くには人影はなく、真っ直ぐに立ち上る炎に両側の岩が照らされているだけだった。

「これからどうする?」サー・ヘンリーがささやいた。

「ここで待とう。灯りの近くにいるはずだ。彼の姿を見る事ができないか確認してみよう」

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私がこう答えた瞬間、男の姿が目に入った。ロウソクが燃えている割れ目の岩の上に、悪意に満ちた黄色い顔が突き出ていた、卑しい情念に溢れた、恐ろしい動物的な顔だった。男は、泥にまみれ、ボサボサの顎鬚を生やし、もじゃもじゃの髪を垂らしていた。丘の中腹にある穴の中で暮らしていた過去の野蛮人の姿だと言っても良いほどだった。小さくずるそうな目に、下の光が反射していた。暗闇を見通そうと、一生懸命左右に目を光らせていた。まるで、狩人の足音が聞こえた、ずる賢く獰猛な動物のように見えた。

明らかに彼は、何かがおかしいと感じていたようだった。バリモアが秘密の信号を知っていて、私たちがそれを送らなかったせいかもしれないし、それ以外に何らかの理由でいつもとは様子が違うと感じたのかもしれない。どちらにせよ、私はその邪悪な顔に恐れが浮かんでいるのを見る事ができた。彼は次の瞬間にも、灯りのある場所から逃げ出して暗闇に姿を消すかもしれなかった。こう考えたので、私はぱっと前に飛び出した。サー・ヘンリーも私に続いた。私たちが現れると同時に、囚人は罵りの叫びを上げ、石を投げつけた。その石は、私達が隠れていた大きな岩に当たって砕けた。彼はさっと立ち上ると振り返って走り出したが、その時ちらりと、背の低い、背中を丸めた頑丈そうな体が見えた。幸運にもこの時、月が雲から現われた。私たちは丘を駆け上がった。男はその向こう側を、野生ヤギのようなエネルギーで通り道の石を弾き飛ばしながら、大変な速さで走り降りていた。もしかすると、拳銃を撃てば男を倒す事が出来たかもしれない。しかし私が拳銃を持ってきたのは、攻撃された時に自分の身を守るためだけだったので、逃げ去って行く丸腰の男を撃つことはできなかった。

私たちは、二人とも足が速く、体調も万全だった。しかし、彼に追いつくチャンスがない事はすぐに分かった。月光の下で、彼の姿は遠く離れた丘の中腹にある巨石の間を素早く動く小さな点になるまで、長い間見えていた。私たちはへとへとになるまで走ったが、相手との距離はどんどん大きくなり、ついに立ち止まって岩に腰を下ろし、あえぎながら、男が遠くに消えていくのを見送った。