サー・ヘンリー・バスカヴィル 2 | サー・ヘンリー・バスカヴィル 3 | サー・ヘンリー・バスカヴィル 4 |
「博士、おそらく、あなたは黒人の頭蓋骨とエスキモーの頭蓋骨を区別できるでしょう?」
「もちろんです」
「なぜ分かるのですか?」
「これは私の特別な趣味だからです。その差異は明白です。眼窩上の隆起、顔の角度、上顎の曲線、それから・・・・」
「ところが、これは私の特別な趣味で、その差異は同じように明白です。私の目にはタイムズの記事の先進的中産階級の活字と、半ペニー夕刊紙のぞんざいな印刷とでは、あなたの黒人とエスキモーの差と同じくらい大きな違いがある。活字を見分ける事は、犯罪の専門家にとって、最も初歩的な知識の一つです。しかし実は私も本当の駆け出しの頃、一度、リーズ・マーキュリーとウェスタン・モーニング・ニュースを取り違えたことがありますがね。しかしタイムズの社説は全く独特ですから、この単語が別の新聞から取られたという事はあり得ない。手紙が作られたのが昨日だったので、昨日の新聞にこれらの単語が見つかる可能性が高かったというわけです」
「そこまでのお話は私にも理解できました。では、ホームズさん」サー・ヘンリー・バスカヴィルは言った。「誰かがこの文章を切り抜いたわけですね。ハサミで・・・・」
「爪切りハサミでです」ホームズは言った。「『keep away』を切るのに二回ハサミを入れる必要があったことから、刃の長さが非常に短いハサミだと分かるでしょう」
「そうですね。では、何者かが、この文章を短い刃のハサミで切り抜いた。それを糊で貼り付けた」
「アラビア糊です」ホームズは言った。
「アラビア糊で紙に貼った。しかし私が知りたいのはなぜ 『moor』が手書きされたのかということです」
「作成者が紙面の中から見つける事ができなかったからです。他の単語はすべて単純ですから、どの新聞でも見つけられたでしょう。しかし『moor』は一般的な単語ではない」
「なるほど、そうだ。それで説明が付きます。この手紙から何か他に気づいた事がありますか?ホームズさん」
「一つ、二つ気づく点がありますが、手がかりを一つも残さないようにと、非常に手間をかけていますね。ごらんの通り、住所は荒っぽい書き方をしています。しかしタイムズは高等教育を受けていない人間が読む事はまずない新聞です。したがって、こう考えていいでしょう。この手紙は教育を受けた人間によって作られたが、彼は教養のない振りをしたかった。それから、自分の筆跡を隠そうと努力していることは、あなたがその筆跡を知っているか、将来知られることになりそうだといういうことです。さらに、ほら、単語が綺麗に一直線に貼られていないのが分かるでしょう。他の単語よりかなり上に貼ってあるのもいくつかある。例えば、『Life』は、大きくずれている。これは不注意な人物とも考えられるが、もしそうでなければ、この人物が動揺し、慌てて作業したことを意味しているかもしれない。全体として考えれば、僕は後者の見解に傾いている。これは、どう見ても手抜きをすべき手紙ではないし、こんな面倒な方法で手紙を作る人間が不注意だとは思えない。もし急いでいたとすれば、なぜ急ぐ必要があったのかは、興味深い問題だ。早朝までに投函しさえすれば、手紙は、サー・ヘンリーがホテルを出る前には間違いなく届いただろう。この手紙の作者は、邪魔が入る事を恐れたのか、・・・・とすればそれは誰だろう?」
「かなり当て推量の領域に入りつつありますね」モーティマー医師が言った。
「いや、むしろ、可能性を相互に評価し、最も高いものを選び出す領域だと言うべきでしょう。これは想像力の科学的利用ですが、想像の起点となる物質的な基礎はすでに入手している。間違いなく、あなたは当て推量とおっしゃるでしょうが、私はこの宛先を書いたのはどこかのホテルだと、ほぼ確信しています」
「どうしてそんな事が言えるんですか?」
「この封筒を慎重に調べると、ペンもインクも書きにくい代物だったということが分かるでしょう。このペンは一つの単語を書く間に、二回もインクが飛んでいますし、短い住所を書く間、三度もインクが切れています。これは、インク瓶にほとんどインクが残っていなかった事を示しています。自宅のペンやインク瓶が、こんな状態になることはめったにありません。そしてこの二つが同時に起きることは極めてまれです。しかしご存知のとおり、ホテルのインクやペンは、そうでない場合の方がまれです。そう、僕はほとんどためらいなくこう主張できる。もしチャーリング・クロス付近のホテルのゴミ箱を探して、切り抜かれたタイムズの社説の残りが見つける事ができれば、この奇妙な手紙を送った人物を特定できると。おや!おや!これは何だ?」
彼は、文字が貼り付けられているフールスキャップ紙を目から一インチか二インチの近さまで持ち上げ、慎重に調べた。
「何か?」
「いえ、別に」彼は紙をテーブルに投げ下ろして言った。「白い半紙で、透かしすらない。この興味深い手紙から引き出せる事は全て引き出したようです。ところで、サー・ヘンリー、ロンドンに来て以降、他に何か面白い出来事はありましたか」
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