コンプリート・シャーロック・ホームズ
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「馬鹿な真似をしてしまいました」患者はあえいだ。

「とんでもない。これを飲みなさい」水にブランデーをちょっと入れて飲ませると、患者の血の気の引いた頬に色が戻った。

「少し人心地がつきました!」患者は言った。「さて、先生、よければ私の親指を見てもらえないでしょうか。というよりも私の親指があった場所というべきかもしれませんが」

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患者はハンカチを外して手を差し出した。それを見ると、仕事柄こういう事に慣れているはずの私でも背筋がぞっとした。四本の指が差し出され、親指があるはずの場所は、恐ろしい赤色の海綿状になっていた。それは根元からすっかり断ち切られたか、引きちぎられていた。

「これは酷い!」私は叫んだ。「恐ろしい傷ですね。相当出血したはずです」

「はい、しました。切られた時、気を失いました、そして長い間意識を失っていたようです。私が意識を取り戻した時、まだ出血していましたので、ハンカチの端を手首にきつく巻いて、小枝を差して締め上げました」

「素晴らしい!外科医になるべきでしたね」

「水理学の問題です。お分かりのとおり、これは私の専門分野の範疇です」

「これは」私は傷を調べながら言った。「重量のある鋭利な刃物で切断されていますね」

「大きな肉切包丁のようなものです」患者は言った。

「たぶん、事故なんでしょうね?」

「とんでもない」

「え!まさか、殺されそうな目にあったのですか?」

「実際、もう少しで殺されていました」

「大変な事件ではないですか」

私は傷をスポンジで拭い、清浄し、整え、最後に脱脂綿で覆い、石炭酸で消毒した包帯を巻いた。患者は身じろぎせずに椅子にもたれていたが、時々唇をかみ締めていた。

「どうですか?」私は治療が終わった時に訊いた。

「いい具合です!ブランデーを頂き、包帯を巻いてもらって、すっかり気分が一新しました。とても弱っていましたが、非常に大変な経験をしたためです」

「その件についてはお話にならないほうがよいでしょう。明らかに神経に障ります」

「ああ、いえ、もう大丈夫です。警察に行って、話をしなくては。しかし、ここだけの話ですが、この傷という確実な証拠がなかったとしたら、私の話を信じてもらえないとしても不思議はありません。非常に突拍子もない話で、裏付けとなる証拠もほとんどありません。それに、警察が私を信用したとしても、私が提出できる証拠は非常に曖昧で、犯人を起訴できるかどうか疑わしいですね」

「あ!」私は言った。「あなたが込み入った問題を解決したいのなら、警察に行く前に、私の友人のシャーロックホームズ氏に相談する事を強くお薦めします」

「ああ、その方の噂は聞いた事があります」患者は答えた。「警察にも言わなければならないでしょうが、この問題をその方に取り上げていただければ非常に嬉しいですね。ご紹介していただけますか?」

「それよりもっといい方法がありますよ。これからご案内します」

「それは本当にありがたいお申し出です」

「辻馬車を呼んで一緒に行きましょう。彼と一緒に軽く朝食をとるのにちょうどいい時間です。体は大丈夫ですか?」

「ええ、この話をするまでは安心できませんし」

「それなら使用人に辻馬車を呼びにやらせます。すぐに戻ってきます」私は上階に駆け上がって、妻に事態を簡単に説明し、五分後、新たに知り合いになった人物と一緒に馬車に乗ってベーカー街に向かっていた。