コンプリート・シャーロック・ホームズ
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我々は全員立ち上がっていた。捕まえられた男は屈強な巡査に両側を押さえられ荒々しい息をしていた。すでに通りにはちらほらと野次馬が集まり始めていた。ホームズは窓に歩み寄って、それを締め、ブラインドを下ろした。レストレードは二本のロウソクを取り出し、警官はランタンの覆いをとった。私は遂に捕まった男を良く見ることができた。

我々の方を向いていたのは物凄く男性的だが、それにも関らず邪悪な顔だった。哲学者の額を持った上部と、好色家の顎を持った下部、この男は善であれ、悪であれ、生まれつき計り知れない可能性を持っていたに違いない。しかし、青い目と垂れた利己的な瞼、猛々しい攻撃的な鼻と威嚇するような深い皺が刻まれた額を見れば、そこに自然が与えた明白この上ない危険信号を感じずにはいられない。彼は他の誰にも注意を払わず、ただホームズの顔を憎悪とも驚愕とも言いがたい表情で睨みつけていた。「悪魔め!」彼はつぶやき続けた。「このずる賢い悪魔め!」

「やあ大佐!」ホームズは乱れた襟を整えながら言った。「『旅の終わりは恋人のめぐり合い』古い劇の言葉のようだな。僕がライヘンバッハの滝の岩棚の上に寝そべっていた時、君が思い遣りのある親切な行為をしてくれて以来、君と楽しく会う機会がなかったようだな」

大佐はまだ呆然としてホームズを睨みつけていた。「お前はずる賢い悪魔だ!」彼は他に何も言えなかった。

「まだ君を紹介していなかったな」ホームズは言った。「皆さん、こちらがセバスチャン・モラン大佐です。かつて女王陛下のインド陸軍に所属し、東イギリス帝国が輩出した最も優秀な猛獣撃ちです。大佐、君がしとめた虎の数がまだ誰にも破られていないというのは、僕の記憶違いじゃないよな?」

凶暴な老人は何も言わず、ただホームズを睨みつけていた。荒れ狂った目と逆立った口ひげで、彼は見事なまでに虎に似ていた。

「こんなに老練な狩猟家をこんなに簡単な計略で騙せるとは不思議なものだな」ホームズは言った。「これは君に馴染み深いはずだ。君は小ヤギを木の下にくくりつけ、その木の上でライフルを持って横になり、そのおとりに虎がやってくるのを待った事がないか?この空家は僕の木だ。そして君が僕の虎だ。君はもしかすると、虎が何匹か来た時のため、あるいはそれより考えにくい想定だが、狙いを外した時のために、替え銃を用意したかもしれない。こちらが」彼は周りを指差した。「僕の替え銃だ。類比は完璧だな」

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激怒の唸り声を上げてモラン大佐は前に跳び出した。しかし巡査が彼を引き戻した。彼の顔に浮かぶ憤怒は見るも恐ろしかった。

「実は君は僕にひとつ、小さな驚きをもたらした」ホームズは言った。「僕は君がこの空家と、このおあつらえむきの正面の窓を利用するとは予想していなかった。僕は君が通りから仕事をすると想定していた。そこには友人のレストレード警部と仲間が君を待ち構えていた。その例外を除き、全ては僕の予想通りになった」

モラン大佐は警部の方に向き直った。

「私を逮捕する正当な理由があるかないかは知らんが」彼は言った。「しかし少なくともこの人物のからかいを甘受しなければならんいわれは無い。もし私が法の手にあるとしたら、法的な手続きに基づいて事を運んでくれ」

「なるほど、もっともな言い分だ」レストレードは言った。「我々が行く前に、これ以上言わなければならないことはありませんか、ホームズさん?」

ホームズは強力な空気銃を床から拾い上げ、その機構を調べていた。

「恐ろしい比類なき武器だ」彼は言った。「音も無く凄まじい威力だ。僕はフォン・ハーダーを知っていた。盲目のドイツ人技師だ。彼は故モリアーティ教授の依頼でこれを作った。何年も前から僕はこの存在に気付いていたが、これまで手にする幸運には恵まれなかった。僕はこれに特に注意を払うように勧めるよ、レストレード、そしてこれに合う銃弾にも」

「間違いなく注意して調べましょう、ホームズさん」全員がドアに向かって移動する際、レストレードが言った。「何か他に言っておく事はありますか?」

「ただ一つ、どんな罪状で告発するつもりか訊きたいな?」

「どんな罪状?それはもちろん、シャーロックホームズ氏の殺人未遂です」

「違うよ、レストレード。僕はこの事件で名前を出すつもりは全くない。君に、そして君だけに、この素晴らしい逮捕の栄誉がある。これは君の逮捕だ。そうだ、レストレード、おめでとうと言おう。いつもの熟練と大胆さの見事な調和で、君は彼を逮捕した」

「彼を逮捕?誰を逮捕したのです、ホームズさん?」

「全警察が捜して見つけられない男だ、 ―― セバスチャン・モラン大佐、ロナルド・アデア閣下を先月三十日、パークレーン427三階の開いた窓越しに空気銃を使って拡張弾頭で撃った男だ。これが罪状だ、レストレード。それじゃこれから、ワトソン、もし割れた窓からの隙間風を我慢できるなら、僕の書斎で三十分ほど葉巻を吸えば、有意義な楽しい時間が過ごせると思う」