背中の曲がった男 6 | 背中の曲がった男 7 | 背中の曲がった男 8 |
「バークレイ夫人が7時半に家を出た時、彼女と夫はいい雰囲気だった。これは確かだ。既に言ったと思うが、夫人は愛情をあからさまには示さなかった。しかし夫人と大佐が楽しそうに話すのを御者が聞いている。さて、これも同じように確かだが、夫人は戻って来るとすぐに、夫に一番会いそうもない部屋へ行き、興奮を冷まそうとでもするように、直ちにお茶を頼んだ。そして最後に、夫が来ると、恐ろしい言い争いが始まった。したがって七時半から九時までの間に何かが起きて、夫人の夫に対する気持ちは完全に変わっていた。しかしモリソン嬢はこの一時間半ずっと夫人と一緒だった。だからいかに否定しようとも、モリソン嬢は何かを知っているはずだ。これは間違いない」
「僕が最初に考えたのは、モリソン嬢と大佐の間に何らかの関係があり、この時モリソン嬢が夫人にそのことを告白したという可能性だ。これなら、怒って帰って来たこと、そしてモリソン嬢が何も起きなかったと否定したことの両方の説明がつく。立ち聞きされた言葉全部と照らし合わせても完全に矛盾するわけでもない。しかし David という言葉が出たのと、妻に対する大佐の有名な溺愛ぶりが、不利な条件だ。別の男が惨事に介入した点が不利なのは、言うまでもない。もちろん、それまでの出来事とは完全に無関係なのかもしれないが。なかなか心が決まらなかったが、総合的に考えて、僕は大佐とモリソン嬢の間に何らかの関係があったという説を捨てたくなった。バークレイ夫人が大佐を憎むようなった手掛かりをモリソン嬢が何か知っているという確信は余計に強まった。だから僕は直接的な手段に出た。僕はモリソン嬢に会いに行き、あなたが何か知っていることは分かっている、とずばり切り出した。そして、このことをはっきりさせないと、友人のバークレイ夫人が死刑を求刑される被告台に立つことになる可能性があると説得した」
「モリソン嬢は妖精のようにすらっとした小さな女性で、金髪で内気そうな目をしていた。しかし利口で、しっかりした常識的判断ができる女性だった。僕が話し終えた後、モリソン嬢はしばらく座って考え込んでいたが、それから、決心を固めたようにきっぱりとした態度で僕の方を向くと、勢いよく驚くべき話をし始めた。君のためにこれは要約して話そう」
「『この件については何も話さないと夫人に約束していたんです。約束は約束ですから』モリソン嬢は言った。『しかし、病気で何も話せない夫人にそんな深刻な嫌疑が掛かっていて、私が本当に助けとなるのなら、約束を破っても許されるでしょう。月曜の夜に何が起きたか、きちんとお話します』」
「『私たちは九時十五分前、ワット街の布教活動から戻って来ました。帰る途中、ハドソン街を抜ける必要がありました。そこはとても人気の少ない通りでした。街灯は左手に一つだけで、私たちがそのランプに近付くと、背中の非常に曲がった男性がやって来るのが見えました。その男性は箱のようなものを背負っていました。彼は頭を低くし、膝を曲げて歩いており、体が変形しているようでした。私たちが彼の側を通り過ぎようとした時、街灯の下の丸い光の中で、彼は顔を上げてこちらを見ました。その時、彼は立ち止まり恐ろしい声で叫びました。《嘘だろ、ナンシーじゃないか!》バークレイ夫人は死人のように真っ青になり、もしこの恐ろしい風体の男性が夫人をつかんでいなかったら、倒れていたかもしれません。私は警察を呼ぼうとしました。しかし驚いた事に、夫人はその人物と極めて親しげに話していました』」
「『《30年間あなたは死んだものだと思っていたわ、ヘンリー》バークレイ夫人は震える声で言いました』」
「『《俺もだ》男は聞くに堪えないほど恐ろしい声で言いました。顔は黒くて恐ろしく、夢に出て来そうなほど目がギラギラとしていました。髪と頬髯は白髪交じりで、顔は萎びたリンゴのように縮んでしわだらけでした』」
「『《ちょっと先に歩いて行って頂戴》バークレイ夫人は言いました。《私はこの男性と少し話をしたいだけです。何も怖がる事はありませんよ》夫人はしっかり話そうとしていましたが、まだ真っ青で、震える唇から言葉を出すのがやっとでした』」
「『私はバークレイ夫人に言われたとおりにしました。そして二人は少し話をしました。それから夫人は目に激しい怒りを浮かべて通りを戻って来ました。その男は街灯の側に立ち、怒りで気が狂ったかのように拳を振り回していました。夫人は私たちがこの家の戸口に来るまで一言もしゃべりませんでした。戸口まで来た時、夫人は私の手をとって、何が起きたか誰にも言わないように頼みました』」
「『《落ちぶれた昔の知り合いなの》バークレイ夫人は言いました。私が何も言わないと約束すると、夫人は私にキスしました。それ以来夫人には会っていません。私はあなたに真実をすべてお話しました。警察にこの話をしなかったのは、その時は夫人の置かれている危険な立場に気付いていなかったからです。全てが明るみに出ても、バークレイ夫人が不利になる事は何一つありません』」
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