ブルース・パーティントン設計書 1 | ブルース・パーティントン設計書 2 | ブルース・パーティントン設計書 3 |
「非常に面倒な事件だ、シャーロック」彼は言った。「私は習慣を変えるのが大嫌いなんだが、首脳陣が有無を言わせない。シャムの現状を考えると、私が執務室から離れるのは非常にまずいのだ。しかしこれは正真正銘の危機なのだ。首相があそこまで動転したのを見たことがない。海軍本部は、 ―― 蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。事件については読んだか?」
「今読み終えたところだ。この技術文書とは何だ?」
「ああ、そこが重要な点だ!幸いにもこれは表沙汰になっていない。もしそうなれば新聞がものすごい批判記事を書くだろう。この不幸な青年のポケットに入っていた書類とは、ブルース・パーティントン型潜水艦の設計図だ」
マイクロフト・ホームズの話し振りは厳しかった。それは彼がこの件が重大だと感じている証拠だった。ホームズと私は何が話されるのかと期待しながら座っていた。
「きっとお前も聞いたことがあるだろう?誰もが知っていると思っていたが」
「名前だけは」
「この重要性は、ほとんど誇張しようがない。これはあらゆる政府の秘密の中でも、特に注意深く守られてきたものだ。冗談だとは思わないで欲しいが、ブルース・パーティントンが軍事行動をとっている半径内では海上戦闘は不可能になる。二年前、巨大な予算が秘密裏に認可され、この発明を独占するために費やされた。秘密を守るためにあらゆる努力がなされた。設計図は途方もなく込み入っていて、30ほどの独立した新案より成り立っている。それぞれが全体の働きに不可欠だが、この設計図は兵器工場に隣接する極秘事務所の特別製の金庫に保管されている。事務所の扉と窓は破られないようになっている。考えうるどんな状況下でもこの設計書が事務所から持ち出されることはない。もし海軍の主任製造技師がそれを調べたいとしても、彼はそのためにウールウィッチの事務所に行かざるをえない。それなのに、ロンドンのど真ん中で死んだ下級職員のポケットの中からそれが見つかった。国家機密を守る立場から見て、これはとんでもなく恐ろしい事態だ」
「しかし回収されたんだろう?」
「いや、シャーロック、違う!だから緊急事態なのだ。回収できていない。ウールウィッチから10枚の設計図が持ち出された。カドーガン・ウェストのポケットには七枚があった。もっとも重要な三枚がなくなっていた、 ―― 盗まれ、消えたのだ。全てを中断しなければならない、シャーロック。警察裁判所のありふれたつまらない謎は放っておけ。お前が解決しなければならないのは極めて重大な国際事件だ。なぜカドーガン・ウェストが設計図を持ち出したのか、なくなった設計図はどこにあるのか、どのように彼が死んだのか、どうやって彼の死体が見つかった場所に来たのか、どうすればこの災難を元に戻すことが出来るのか?この問題をすべて解決すれば、お前は母国に素晴らしい貢献をすることができる」
「なぜ自分で解決しないんだ、マイクロフト?推理力は同等じゃないか」
「そうかもしれん、シャーロック。しかし、これは細かい事実を入手するという事件だ。お前が見つけた詳細を渡してくれ、そうすれば私は安楽椅子からお前に最高の専門的意見を返す。しかしあちこち走り回り、列車の車掌を尋問し、レンズを目に当てて這いつくばる、 ―― これは私の専門ではない。いや、この事件を解決できるのはお前しかおらん。もし次の叙勲者名簿にお前の名前を載せてもらいたいと望むなら・・・・」
ホームズは微笑んで首を振った。
「僕は仕事のために仕事をしている」彼は言った。「しかしこの事件には確かにいくつか興味深い点がある。だから喜んで調査させてもらう。他に判明している事実があれば教えてくれ」
「私はこの紙に重要な項目を書き記した。一緒にお前の役に立つ住所をいくつか書いている。この設計図の実際の公的管理者は、有名な政府専門官のサー・ジェイムズ・ウォルターだ。彼の勲章と肩書きは人名辞典で二行はある。彼は長年この仕事をしており、紳士で、非常に上流の家によく招かれ、なによりも彼の愛国心は疑いようがない。彼は金庫の鍵を持っているひとりだ。付け加えると、設計図は月曜の勤務時間には間違いなく事務所にあった。そしてサー・ジェイムズは三時ごろ自分の鍵を持ってロンドンに出かけた。彼は一晩中ずっと、バークレースクエアにあるシンクレア提督の家にいた。その最中にこの事件が起きた」
「その事実は検証されているのか?」
「そうだ。彼の兄のバレンタイン・ウォルター大佐が、彼がウールウィッチから出発したことを証言し、シンクレア提督は彼がロンドンに着いたことを証言している。だからサー・ジェイムズはこの事件に直接の関係は持っていない」
「他に鍵を持っている人物は誰だ?」
「上級職員で製図士のシドニー・ジョンソン。彼は40歳、既婚、五人の子がいる。彼は無口で気難しい男だが、全体として素晴らしい公務員の経歴を持っている。彼は仲間には人気がないが、勤勉な男だ。彼自身の話によれば、 ―― 彼の妻によって裏打ちされているだけだが ―― 、彼は仕事が終わってから、月曜の夜はずっと家にいた。そして彼の鍵はずっと時計の鎖につけられたままだった」
「カドーガン・ウェストについて教えてくれ」
「彼は10年間この仕事についており、いい働きをしてきた。彼の評判は、短気でイライラする性格だが、率直で正直だということだ。彼には疑わしい点はない。彼は事務所でシドニー・ジョンソンの次の立場にいた。彼は仕事で毎日設計図に触れていた。他の人間は設計図を扱っていなかった」
「その夜誰が設計図をしまって鍵をかけたんだ?」
「上級職員のシドニー・ジョンソンだ」
「では、誰が設計図を持っていったかは完全に明白だ。設計図は実際にこの下級職員、カドーガン・ウェストから見つけられている。決定的じゃないか?」
「その通りだ、シャーロック。それでも分からないことがたくさん残っている。まず第一に、なぜ彼はそれを持っていったんだ?」
「金になるんだろう?」
「実に簡単に数千ポンドは手に入れられるはずだ」
「その設計図を売りさばくという以外に、ロンドンに持っていく動機は考えられるか?」
「いや、ない」
「では、我々はそれを作業仮説として採用しなければならない。ウェスト青年が設計図を持ち出した。今、一個の合鍵を持っていないとこれは出来なかった…」
「合鍵は何個もいる。彼は建物の扉を開け、それから部屋の扉を開けなければならなかった」
「では、彼はいくつもの合鍵を持っていた。彼は秘密を売るためにその設計図をロンドンに持って行った。もちろん、次の朝、図面が無い事が発見される前に設計図自体は金庫に戻しておくつもりだった。ロンドンでこの裏切りの任務を遂行中、彼は死ぬ」
「どのように?」
「こう想定しようか。彼はウールウィッチに戻る途中に殺されて、列車から投げ出された」
「死体が見つかったアルドゲイトは、彼がウールウィッチに戻る途中に通るはずのロンドンブリッジ駅をかなり過ぎている」
「彼がロンドンブリッジ駅を通過するという状況は、いろいろと想定できる。たとえば、列車に誰か乗っている。その男と彼は夢中になって話し込んだ。この話は結局暴力行為につながり、それで彼は命を落とした。もしかすると彼は列車から逃げようとして、線路に落ちて、命を落とした。殺した相手が扉を閉めた。濃い霧が出ていたので何も見えなかった」
「今分かっている事実ではそれ以上の説明を考えることはできない、それでも、未解明の問題がどれくらいあるか考えて見てくれ、シャーロック。議論のために、カドーガン青年はこの設計図をロンドンに持っていくと決めていたと想定してみよう。彼は当然外国のエージェントと約束をして、その夜はあけておくはずだ。彼はそうせずに劇場の切符を二枚とり、そこへ行く途中まで婚約者と一緒だった。その後、突然姿を消した」
「目くらましですよ」レストレードが言った、彼はちょっといらいらしながら会話を聞いていた。
「非常に奇妙だ。それが反論1。反論2。我々は彼がロンドンに着いて外国のエージェントと会ったと仮定する。彼は、設計図がなくなったことが発覚する前にそれを元に戻さねばならない。彼は10枚持って行った。ポケットにあったのは7枚だけだ。残りの3枚はどうなったんだ?彼が自分の意思でそれを置いていくはずはない。それに、彼が裏切った報酬はどこに行った?彼のポケットに大金があると想定してもよさそうなものだ」
「全く当然の事ばかりではないですか」レストレードが言った。「私はどんな事が起きたかについては全く疑問を持っていません。彼は売るために設計図を盗んだ。彼はエージェントと会った。価格について折り合いがつかなかった。彼は戻るために出発した、しかしエージェントが一緒についてきた。列車の中でエージェントが彼を殺害し、比較的重要な設計図をとり、列車から彼の死体を投げ捨てる。これですべて説明がつきませんか?」
「なぜ、切符を持っていなかったんだ?」
「切符でエージェントの最寄り駅がどこか判明したのでしょう。だから彼は殺した男のポケットからそれをとった」
「結構、レストレード、大変結構」ホームズが言った。「君の理論でつじつまが合っている。しかしもしそれが本当なら、この事件はもうおしまいだ。一方で、裏切り者は死んだ。もう一方で、ブルース・パーティントン型潜水艦の設計図は、おそらくすでにヨーロッパに行っている。我々に出来ることが何かあるか?」
「行動だ、シャーロック、 ―― 行動だ!」マイクロフトがさっと立ち上がって叫んだ。私のあらゆる直感がその説明に異論をとなえている。お前の力を発揮しろ!事件現場に行け!関係者と会え!隅から隅まで調べ上げろ!お前の経歴の中で、これほど母国に奉仕できる機会は無かったはずだ」
「はい、はい!」ホームズが肩をすぼめながら言った。「行こう、ワトソン!それからレストレード、君もよければ一時間か、二時間一緒に来てもらえないか?アルドゲイト駅に行くこところから捜査を始めよう。さよなら、マイクロフト。夜までには報告するつもりだ。しかしあらかじめ言っておくがあまり期待はしないようにな」
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