コンプリート・シャーロック・ホームズ
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素晴らしい春の夕暮れだった。そしてエッジウェア・ロードの細い脇道の一つで、かつてのタイバーン・ツリー絞首台から目と鼻の先にあるリトルライダー通りは、傾いた太陽の斜めの日差しを受けて金色に輝き見事な景色になっていた。我々が向かう家は、大きな古い形式のアーリー・ジョージアン屋敷で、一階の奥行きある張り出し窓以外はのっぺりとしたレンガ造りの建物だった。我々の依頼人が住んでいたのはその一階だった。そしてさっきの低い窓は実は彼が居室として使っている大きな部屋の正面の窓にあたることが分かった。ホームズは通り過ぎる時、この変わった名前が書いてある真鍮の表札を指差した。

「何年も掲げてあるな、ワトソン」彼は変色した表面を指摘しながら言った。「ともかく、これは彼の本名だ。そしてこれは気に留めておくべきだ」

家には共用階段があり、多くの名前がホールに書かれていた。事務所風の物も個人の住居もあった。これは住宅が集まった建物ではなく、どちらかといえば気ままな独身者の住まいだった。我々の依頼者は担当の女性が四時で帰るのだと言って謝りながら自分で扉を開けて我々を迎え入れた。ネイサン・ガリデブは、非常に背が高く、痩せて禿げ上がり、六十代くらいで体にしまりのない背中の曲がった男だった。彼の顔は痩せこけ、さえない生気のない肌は運動に無縁だった男のものだ。大きな丸い眼鏡と、小さな突き出したヤギ髭は、前かがみの姿勢とあいまって、好奇心旺盛な人間という印象を与えた。しかし、彼の全体的な印象は、風変わりではあっても親しみやすいものだった。

部屋はその住人に負けず劣らず奇妙だった。そこは小さな博物館のように見えた。部屋の幅方向にも奥行き方向にも、地質学や解剖学上の標本がぎっしりと詰まった戸棚や収納棚で全面が埋め尽くされていた。蝶と蛾のケースが入り口の両側の壁に並んでいた。中央にある大きなテーブルの上にはあらゆる種類のガラクタが散らかっており、その間から高倍率顕微鏡の長い真鍮の胴が突き出ていた。あたりを見回して、私はこの男性の興味の広さに驚いた。こちらには古代のコインの箱があった。そちらには石器の棚があった。中央のテーブルの後ろには化石の骨を入れた大きな飾り棚があった。その上には頭蓋骨の石膏模型があり、ネアンデルタール人、ハイデルブルク人、クロマニヨン人、などの名前が下に書かれていた。彼が色々な主題の研究をしているのは明らかだった。我々の目の前に立っていたこの男は、右手にコインを磨いていたセーム皮の切れ端を持っていた。

「シラキュース、 ―― 最盛期のものです」彼はコインを持ち上げて説明した。「後期に向けて非常に質が落ちました。アレクサンドリア派を好む人もいますが、私は最盛期のものが一番だと思っています。その辺に椅子があると思います、ホームズさん。ちょっとこの骨を片付けさせてください。あなたは、ええ・・・、そうだ、ワトソン博士、もしよろしければその日本の壷を脇にのけてもらえませんか。私の生涯をかけた興味が周りにあるのが分かるでしょう。医者は私が全然外出しないと小言を言いますが、こんなに私を引き止めるものがここにあるのに何で外出などしなくてはいけないんでしょう?この戸棚の一つをきちんと目録化するのに、たっぷり三ヶ月はかかるんですよ」

ホームズは興味深そうに周りを見回した。

「あなたは全く外出しないと言うのですか?」彼は言った。

「サザビーズやクリスティーズに時々馬車で行きます。そうでなければ家をあけることはほとんどありません。私は体がそう丈夫ではありませんし、私は非常に面白い研究をしています。しかしホームズさん、この前代未聞の巨額の財産のことを聞いた時、それが私にとってどんなに恐ろしい衝撃だったか、 ―― 喜ばしいが恐ろしいものでした ―― 想像できるでしょう。もう一人のガリデブさえいればそれが手に入るのです。そしてきっと我々は見つけることができるでしょう。私には兄がいましが、死にました。そして女性の親類は資格がありません。しかし世界中にはきっと他にもいるはずです。あなたが奇妙な事件を扱っていることは耳にしていましたから手紙を書いたのです。もちろん、あのアメリカ紳士の言う事はもっともです。私は彼の助言を最初にあおぐべきでした。しかし私はこれが一番いいと思って行動したのです」

「あなたは非常に賢明な行動をしたと思います」ホームズが言った。「しかしあなたは本当にアメリカに土地を保有したいと思っているのですか?」

「もちろん違います。私は何があってもこのコレクションから離れません。しかしこの紳士は私に、全員の権利が確定すればすぐに私の分を売ってくれると保証してくれました。500万ドルというのが合計の価格でした。現時点でも、私が数百ポンド払えないために買うことができない標本が沢山市場に出ています。それがあれば、私のコレクションを完璧にできるというのにです。五百万ドルあれば何ができるか考えてみてください。私は国立博物館の中核部分を持てます。私は現代のハンス・スローンになるでしょう」

彼の目が大きな眼鏡の向こうで輝いた。ネイサン・ガリデブが同じ名前の人物を見つけるのにどんな苦労も厭わないのは間違いなかった。

「私はただ直接お話しするために来ただけです。ですからお手間をとらせて、あなたの研究を邪魔をするつもりはありません」ホームズは言った。「私は仕事をする相手とは個人的な関係を築く方がよいと思っています。お伺いしたい質問はあまりありません。ポケットの中に持ってきたあなたの手紙に非常に分かりやすい説明がありますし、アメリカ紳士が来たときに分からなかった部分を補いました。今週になるまであなたは彼の存在を知らなかったということですね」

「そのとおりです。彼はこの前の火曜日にやってきました」

「あなたは彼に今日我々と会うことを話しましたか?」

「ええ、彼はすぐにまたやってきました。彼は非常に怒っていました」

「なぜ怒る必要があったのでしょう?」

「彼は自分の名折れになると考えたみたいでした。しかし彼はもう一度戻ってきた時には非常に陽気でした」

「彼はこれからどうするか匂わせましたか?」

「いいえ、していません」

「彼はあなたから金を受け取ったか、それもと要求しましたか?」

「いいえ、全く!」

「彼が狙っている目的について思い当たるものはありますか?」

「いいえ、彼が言っている事以外は」

「我々の電話での約束について彼に話しましたか?」

「ええ、話しました」

ホームズは考え込んだ。私には彼が当惑しているのが分かった。

「あなたの収集物の中に非常に値打ちのある品物がありますか?」

「いいえ。私は裕福ではありません。いいコレクションですが、たいした値段はしません」

「盗難の恐れはないのですか?」

「全くありません?」

「この部屋にどれくらい住んでいますか?」

「五年近くになります」